住学協同機構「筑豊地域づくりセンター」の設立

筑豊ゼミが多くの人々の共感を得ているのは、問題に直接ぶつかるのではなく、一見遠回りに見えるが、多くの立場の異なる人々が大学という中立な場を通じて率直に語り合い、互いの考え方の違いを理解し、いままで知らなかったことを、あるいは考えもしなかった着眼点を知ることの楽しさ、喜びを認識したためと思われます。この経験から、地域の中に「地域を学習する場」、「意見交換の場」、「交流の場」が必要とされていることが明らかになったのです。しかし、人員構成、組織等を考えると筑豊ゼミは弱体であり、改めて、新たなシステムが必要であり、これが住学協同機構「筑豊地域づくりセンター」の発想であります。

筑豊ゼミの学習活動を通じて、その恒常的な運営基盤として、“地域づくりセンター”的な組織が筑豊には不可欠との認識が生まれてきました。そして、その実現を目指してプロジェクトチームが結成され、現実を踏まえながらもより夢をふくらませた形での議論がされ、さらに、近畿大学新井潔助教授の開発した“SIMPLE”という手法で、広く地域住民の意見を聞きながら、住学協同機構「筑豊地域づくりセンター」(仮称)のシナリオの整備、実現化を図ってきました。平成2年5月のシナリオ完成と同時に設立準備会へ移行し、規約などを定め平成4年10月16日、ようやく設立総会を開催、住学協同機構「筑豊地域づくりセンター」(理事長・井波益雄さん)がスタートしました。

「筑豊ゼミと筑豊地域づくりセンターはいかにして生まれたか」
加地 豊 第1期筑豊ゼミ事務局長
より抜粋

「住学協同機構筑豊地域づくりセンター」(以下センター)は筑豊ゼミ第一期の途中において設立の構想が生まれた。筑豊ゼミの存続発展を構想の出発点とするが、筑豊ゼミの運営のほか、地域づくりに関する調査・研究から提言や立案にいたる活動を志向している。この構想の実現のためプロジェクトチームが組まれ、調査、討議が重ねられ、その過程から浮上した財団法人構想は実現を見送られたが、この間に創られたセンター構想の基本的な枠組みに基づいて念願のセンターが設立だれた。

第一期筑豊ゼミが後半を迎える頃、ゼミの発展的な存続とその拠点づくりを求める声が挙がり、“地域づくり情報センター”的な組織が筑豊に不可欠との認識が生まれてきた。
1989年1月、この為のプロジェクトチームを設けることが全体会議で議決され、3月に正式に発足した。プロジェクトチームは助言者の新井潔助教授の指導の下、“SIMPLE”の手法による調査を行い、知事、25市町村の全首長、各地のオピニオンリーダー、筑豊ゼミの受講者等、総数113名の参加者を得て、翌1990年5月に最終シナリオを完成した。その結果は「住学協同機構『筑豊地域づくりセンター』(仮称)に関する調査研究」と題して報告書としてまとめられ、以降は、センター設立のための設立準備委員会に活動が移行し、1992年5月にセンターが設立された。

センターの役割

センターが果たすべき役割は以下のとおりである。

1.地域づくりのための学習の場の提供
2.地域活動グループのネットワーク化
3.地域の将来像の形成
4.地域経済の健全な発展のためのしかけづくり

センターは、今後ますます重要になる生涯学習を視野に入れた長期的な人づくりの場を提供する。又、継続的な学習を通じて新しい多くの人材が発掘され、地域活動グループのネットワーク化が計られる。更に、学習や交流をベースにして筑豊の新しいイメージづくりのため、地域に向けて将来像を提示する。又、地域の特性を生かした地域おこしのしかけづくりも考える。
センターの役割はあくまでも“住学”を基調としている点で、例えば“産学官”の協力関係とは異なる。産学官の発展はそちらかといえば組織の発想から出発しており、目的の比較的明確な特定のプロジェクトには有効性を発揮するだろう。一方、このセンターは“住学”という組織化されない住民個人の発想から出発しており、地域のイメージづくりや人づくりという長期的、広域的且つ抽象的なものを目指しているところにその役割の特徴がある。しかし、筑豊ゼミのせいかを広く筑豊のために役立てるためには、センターを介して、企業及び行政との強力な連携が必要である。特にセンターの公共的性格を考えると、行政との連携は不可欠である。ここにセンターという組織の役割があり、筑豊ゼミがセンターを必要とする理由もある。「住学協同」という組織化されていない個人のネットワークにより作り出された成果を「地産官学の協力」のもとに、広く筑豊のために役立てることが出来るがらである。

住学協同機構「筑豊地域づくりセンター」と筑豊ゼミ
-筑豊での地域づくり活動グループの10年目-
野見山薫
より抜粋